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日々感じたことをつらつらと。

言葉を大切にしようと思った話

 

唐突ですが、今週仕事で思わず涙が出そうになった出来事がありました。
自分でいうのもなんですが、決して涙もろいって訳ではなく、どっちかというと悲しくてというよりは悔しくて泣く方が多いタイプです。
今回は、悔し泣きではなく嬉し泣き。

事の発端ですが、普通に仕事をしていた時、ブラジル人上司が社長に話があったそうで、ちょっと通訳して~と呼ばれたんですね。
(同僚・大体の課長レベルまではメキシコ人ですが(私の上司は例外でブラジル人)、社内の上層部はみんな日本人なので、通訳で呼ばれる事がよくある)

なになに~と社長と上司のところまでいくと、上司が私に今から言う事を日本語に訳して、と。何の話かなあ難しい話だったら嫌だなあ、と思っていると、

上司「私(筆者)にスペイン語クラスをつけてほしい。クラス探しと、授業代の補助を出してくれないか?」

聞いて最初、は?!と思いました。いやまずそんな話私聞いてないし、いきなりすぎるし、なによりそれ自分で社長に言うのかよ。恥ずかしすぎる、とか思いつつ社長に伝えると、「いやいや~この子(私)勉強しているから大丈夫よ~。」と、まあ期待通りの反応で社長は素敵な笑顔で流し、その場はすぐ終わったのですが。

その後なんでそんな事を言ったのか聞いてみたのですが、クラスをつけてほしいって言ったのは、まあ要するにスペイン語能力が足りないと。今のレベルだと普通の社内で仕事している分は問題ないけど、会社外部と交渉等するにはまだ足りない。(購買なので電話のやりとりが多い)と。
上司に言われた事は最もで、確かに今私のスペイン語のレベルって、電話で交渉とかは難しいんですね。こっちの言いたい事は伝えられるけど、相手の言ってる事がすべて理解し切れなくて、雰囲気で返すとちょっと答えがずれてる的な。機械とか部品の専門用語使われるとちんぷんかんぷんになっちゃう感じ。
で、メキシコのスペイン語に慣れる為に、こっちでも授業受ける必要があるかもね。ってことで会話は終わったのですが。

後になって落ち着いて考えてみて浮かんだ疑問が一つ。「こっちでスペイン語のクラスをお金出して受ける必要あるか?????」と。
ある程度文法も一通りやっていて、あと自分に足りないのは単語力とリスニング、会話だと思っていたんですね。それってもう自分で勉強するしかないことで、グアテマラでのスペイン語の最後のクラスでも、先生に同じ事を言われた事を思い出しました。メキシコい行ったらとにかく喋って、わからない単語は調べて、暗記しろと。

ただその時に、自分の考えが正しいかわからなかったんです。上司もブラジル人なのでスペイン語を一から自分で学んでる人なので、一理あるのか??とかも思いつつ。
不安だったので、私が尊敬して止まない日本人のスーパー通訳さん(スペイン語も上手すぎるし人としても素晴らしい人)に相談してみたんです。そうすると一言、

「筆者ちゃん(私)は、努力家だから大丈夫だよ。クラス、いらないよ。」

その瞬間にぶわーーーっとなりました。
実際泣きはしませんでしたが、ああ今の自分で良いんだって、その一言で再確認できたんです。と、日本を出てからずっとスペイン語を勉強してきた今までの努力が報われた気がしました。

 

何気ない一言が、人の人生を変える事もある

上記の「努力家」という言葉ですが、決して今の語学力を褒めているわけではないし、恐らく他の状況で言われても響かなかったと思います。むしろスーパー通訳さんと話しているとき、語学がうまいって言われてもいやいやいやまだまだです……ってなってたました。あの状況で、態度を褒めている「努力家」って言葉だからこそ、自分の中に残りました。

そう思ったときに、言葉ってすごいなあと思ったんです。人をここまでプラスにさせる力がある。逆を言えば、マイナスにする力もある。
思わず言った一言が誰かの一生の支えになるかもしれないし、一生癒えない傷を作ってしまうかもしれない。今まで人に言われた言葉を思い返してみて、ぱっと頭に出てきた言葉は恐らく過去の自分にとても大きな影響を与えた言葉。今の自分を作っている一つの要素になってるって考えると、すごいと同時に少し怖くなったりもして。自分が発する言葉にも気を付けようと心から思った、そんな週末でした。ちゃんちゃん。